毎年8月になると新聞紙上を賑わす靖国問題について一考しました。私は右翼でも左翼でも無く、ましてや日本会議には興味もありません。近代史という観点から色の付いてない意見を解り易く述べようと思っております。本文は島田裕巳先生の書籍を参考にさせて頂いております。

靖国問題とは、A級戦犯を合祀した靖国神社に時の総理が参拝し、その事に戦争当事者の各国が問題視している事です。そもそも、昭和天皇陛下も反対している合祀を何故実施したのでしょうか。合祀を強行したのは松平宮司で越前藩主松平春獄の子孫です。彼は国体維持の思想と東京裁判を否定する考えから合祀でした。
国体維持の思想は、松平宮司の師匠である平泉澄(平泉白山神社の宮司)が説き、戦前の日本の中心的な思想なりました。そして、天皇陛下が間違った判断を行なった時には戒めるべきてあると考えています。そしてその源流にあるのが越前藩主の松平春獄であると島田先生は言っています。福井県嶺北地方では、明治維新で越前藩が天皇陛下の逆賊となった事を恥とし、本当は松平春獄は維新の志士であったと、歴史とは逆に考えられてきました。これが国体維持の思想に繋がり悲惨な戦争を経て今日に繋がっていると考えら得ます。
*国体維持:天皇陛下を中心とした日本国を形成し天皇家を維持する。

国体維持の賛否は右左の思想があると思いますが、私は両極端な考えを捨てて冷静な中道も必要であると考えます。

稲田朋美防衛大臣も福井県嶺北地方の出身ですので、この思想のDNAが埋め込まれているかもしれません。雑誌「思想」の読者で数々の投稿もされ、また弁護士として「百人斬り訴訟」を起こされています。
安部首相との接点は自民党の勉強会での「百人斬りは無かった」との講演で安部首相の好感を得たそうです。
*「百人斬り訴訟」:南京裁判で野田毅少尉が百人を斬り殺したと判決をうけた事に対し、百人斬りの事実はないと名誉挽回を求めて告訴したものです。